「ほんとにミスターオクレだったんですか」
と言ったのは、フリフリ担当です。「そうなんだよ。あんな感じなんだ」
「いやぁ、ミスターオクレ、すごいなぁ。頼りない男と言えばミスターオクレ、もうアイコンと化してますね」なんて、本物のミスターオクレに感心してるわけです。そっち? 高橋純一がどういう話をするのかとか、フリフリの展開は気にならないわけ?
「だから、そこは次回に期待してますよ」
実に担当者らしい冷たい口調です。「えええ、まじぃ?」
みたいな電話を入れてきたのは恵子です。「高橋英樹を待ってたらミスターオクレが現れたってとこ、笑っちゃった」
なんて感想を口にしてから、けどさ、と続けたのです。「由佳理からいろいろ話を聞いてるけど、ミスターオクレっていうのは想像できなかったわよ。どういうこと?」
なんて怒ったように言うのです。「どういうことって……そういうことだよ。ほんとにおれもわけわからないんだから」
「松尾さん、だまされたんじゃないの? 本物の高橋純一はロビーの影から松尾さんを観察してた、とかさ」私自身、そういう可能性を考えなかったわけじゃありません。艶のないミスターオクレの顔を見つめながら、本物の高橋純一がどこかで私を見ているのではないか、と、一瞬思ったのです。
けど、そんなことして、どうするの?
「おれを観察する理由なんてある?」
恵子にそう聞き返すと、「そんなことわかんないわよ。やり手の実業家なんでしょ、向こうにもいろいろと作戦があるんじゃないの?」
「そうかな」「だって、ミスターオクレじゃ、もてないじゃん。由佳理いわく、ほんとにあちこちに女がいるらしいのよ。それによ……そもそも、由佳理が山田と離婚してまで結婚したのが、オクレじゃ、やばくない?」
「…………」ですです。やばいのです。まずいのです。話に整合性ってものがなくなるわけです。
なんて考えつつ、でもまぁ、由佳理だからなぁという気もしていました。実際に、高橋純一とテーブルをはさんで話しながら、この一連の騒動の原因はすべて由佳理にあるということを思い出していたのです。
大学卒業直後に、あの山田一郎と結婚し、父親の言うなりになって離婚して、父親のすすめる政略結婚プランに従い結婚した男が高橋純一。なのに「一郎さんから愛された充実感が忘れられないのぉ」とか口走ってしまう、あの由佳理です。男を見る目って価値基準があるとすれば、由佳理のそれを信じていいのかって話ですよ、そもそも。
「あいつは、そんなに私と離婚したがってるんですか」
わりと深刻な表情になって、高橋純一は私に向かって上半身を突き出してきました。
「うーん……私が直接本人から聞いたわけじゃないですけど、どうやらそうみたいですね」
「あの、恵子さんって女のひとが言ってたんですか」「は?」
「だから、フリフリに登場する恵子さんが、由佳理と会って話したわけですよね」「みたいですね」
「うーむ」
と、高橋純一は腕組みしてそのままうしろにもたれかけました。が、ホテルのソファはびっくりするくらい大きくて背もたれまでの距離があったのか、彼はうしろ向きにひっくり返ったのです。一流ホテルのカフェで両脚をばたばたさせている貧相な男を見るのは、わりと悲しいものです。私は急速に心が縮んでいくのを感じながら、高橋純一という男は実は被害者ではないのかと思いはじめていました。
「すみませんすみません」
ぜえぜえとあえぎながら上半身を起こした高橋純一は、そうやって何度も頭をさげます。「で、高橋さん……」
私はちょいとばかり悲しそうな顔をしていたと思います。言いにくいこともずばずばと訊いて、なにかを探り出すというのが、私に与えられたミッションだと心でつぶやいていました。「実際のところ、どうなんですか。由佳理さんが恵子に話したことは置いといて、高橋さんの感触として、由佳理さんとはどんな具合なんですか。うまくいってるって、思ってるんですか」
「…………」自分以外の人間が、妻が離婚したがっているという話を聞いてるわけです。名前を変えてあるとはいえ、ウェブとはいえ、フリフリ人生相談なんて連載ページにそのことが書かれちゃってるわけです。それを読んでる高橋純一本人。かわいそうっていえば、こんなにみじめな話もないかもしれません。
「私は……ごらんのとおりの男ですよ。そんなにもてるわけはないんだ。ね。おわかりになるでしょう? だから由佳理は、私には過ぎた女だと思いますよ。あいつの父親に娘と結婚してくれって言われたときは、からかわれているとしか思えませんでしたから、ええ」
「どういう感じなんですか、夫婦生活は?」「は?」
「由佳理さんと……」「いやぁ」
いきなり高橋純一は頭をかきました。「そういう話も、せにゃあ、いけまんせんかね」
頬のあたりが赤らんでいます。「違いますよ」
質問した私のほうが慌ててしまいました。「夜の話じゃなくて……仲はいいのかどうか、ですよ。料理をつくってくれるのか、とか、そもそも会話ははずんでるのかとか……まぁなんだったら夜の話もしてもらっていいですけど」
最終的には若い由佳理を思い浮かべて興味が湧いてる私もどうかと思いますが、まぁそういうことも含めての夫婦生活です。離婚を口にするということは、関係は破綻しているのがふつうです。「仲は、いいと思うんですよ」
あっさりと高橋純一は言うのです。「朝もね、出かけるときに、ほっぺにチュッとか、してくれますし」
「…………」
私は、くらくらしていました。ほっぺにチュッ、ですよ。
これはやっぱり、ふつうじゃないです。
ほっぺにチュッもふつうだとは思えませんが、それがほんとだとすれば、「離婚したい」だの「一郎さんから愛されたい」だの言ってる由佳理がふつうじゃないということです。
フリフリにずっと書いているとおり、由佳理が山田一郎を恋しがり、高橋純一と別れたがってるのは事実です。それを高橋純一もフリフリで読んで知っている。そのうえで、こうやって私に会おうとする。
いまさら由佳理の意思を確認しようと思っているわけじゃないはずです。私を通して、なにか言いわけでもするつもりだったのでしょうか。
それとも、高橋純一は私からなにかを聞き出そうとしているのでしょうか。
「心当たりはないんですか」
そう言ったとたん、自分の声がえらくとげとげしいのに気づいていました。目の前の気弱そうな男から由佳理との夜の生活だのほっぺにチュッだのという話を聞き、ちょいと気持ちが昂ぶったのかもしれません。「心当たり?」
「そうですよ。離婚したいなんて話が出てるわけですよ。仲がいいなら、ふつう、そういう話にならないでしょう? それともなんですか、高橋さんにはほかにもいっぱい女がいて、その証拠を由佳理が握ってるって話、ほんとなんですか」「…………」
このときの高橋純一の視線の動きに、ちょいとばかり私は引っかかりました。私の鼻のあたりとテーブルのコーヒーカップとホテルの天井、この三点を行ったりきたりしたのです。
つまり。
なにか秘密めいたものがあるってことです。由佳理がつかんでいるネタっていうのを、高橋純一は探りたいのかもしれません。
相手がどこまで知っているか。
まさに、腹の探り合いってやつです。
「ほんとなんだ」
と、私は確信したように言いました。「なにがですか」
「そんなふうに気弱そうな顔してるけど、高橋さん、やっぱりやり手なんだ」「なにがですか」
「あっちこっちに、女、いますね」「やめてくださいよ」
「わかりました」
私は少し大きな声を出しつつ、実はかなり冷静になっていました。というより、どこか馬鹿馬鹿しくなっていたのかもしれません。
山田一郎。由佳理。高橋純一。こんな連中にいつまでも振りまわされてる場合ではないのです。
「直接対決だな」
きっぱり言って、私は席を立ちました。「それしかない。今度は、山田一郎と由佳理と高橋さん、直接対決ですよ。それしかない、ね」
「いやいやいや」
私の腰にすがるように高橋純一は腕を伸ばしてきます。それをすらりとかわして、私は背中を向けました。
「時間と場所を決めて、連絡しますよ」
なんて、捨て台詞のようなひとことをテーブルに放り投げます。そう、直接対決です。
三人で会えばいいのです。ガチです。
最初からそうすればよかった、と、かすかに後悔しながら、私はレジを横目にホテルのロビーに踏み出しました。高橋純一が追ってくる気配はありません。
想像以上にあの男はしたたかもしれないという気もしましたが、それならそれで、山田一郎が受けて立つということです。恵子のゲッバッユカリ大作戦の立案理由が、山田一郎の元気を取り戻すためだとすれば、直接やればいいのです。口論にしろ殴り合いにしろ、それがいちばん元気の素になるのではないのかと、私はつくづく思っていました。
それで、いろんなことが表に出るわけです。
由佳理の思惑も、高橋純一の秘密も、そして、山田一郎の本気も。あとは山田一郎がんばれってことだなと思いながら、私は振り返ることもせず、ゆっくりとロビーを出ていきました。
……さて賢明な読者のみなさん、どう思います?
人生いろいろ、とは言え、悩み多き人生からは脱出したいもの。
なにがどうしてどうなっているのか、
あれこれ読みにくい世の中だけど、
どうかひとつ、アドバイスをくださいな。
一応、私なりに考えて選択肢を用意しました。
このなかから選んで、回答をお寄せください。